2007年12月27日木曜日

キャンパスのどっか

今日は火曜日と同様家で仕事をしていたが、3時ごろになって、気分転換も兼ねて大学に行って仕事をすることにした。カメラも持って。という訳で、大学のキャンパスの一画を写真に撮った。下の写真がそれである。



人影があまり見当たらないのは、まだストライキが続いているからである。

まぁ、スト事態は私には関係のないことではあるのだが。とにもかくにも、自分のオフィスに行き2時間ほど仕事をした。そのあとはプールへ。

泳ぎ終わってからサウナで汗を流す。サウナ室の椅子に座りながら、自分のお腹に恐る恐る目向ける。そこにあるのは、紛れもなく「おっさんの腹」である。10年間のアメリカ生活で体に取りついた贅肉である。これらを削ぎ落とすまで、私の戦いはつづく...。

プールの後はすぐに帰宅。今日は、6時から8時の間にクリーニング屋が来ることになっているのだ。イスラエルでは洗濯はだいたいどこの家でも洗濯機があり、自分で洗って家で干すのが通常らいしいのだ。まぁ、日本と同じ感じである。(ちなみに、アメリカは結構コインランドリーが主流なのだが。)したがって、意外とコインランドリーの数が少ないのだ。私のアパートから一番近いのでも、1キロ以上離れている。(ちなにに、アメリカでは上記の理由により、そこらじゅうにコインランドリーがある。)

そこで、私は大学の近くにあるクリニーング屋にいつも洗濯を頼んでいる。半月に一回ぐらりの割合で洗濯物を出す。デリバリーもしてくれる。値段は重さによって決まるのだが、だいたい半月分の洗濯物を洗ってもらうのに、デリバリー代込みで約1500円ぐらいになる。

そして、そのクリーニング屋が今日洗濯物を取りに来ることになっている。いつも「6時から8時」に取りに来るのだが、8時ぎりぎりに来ることが多い。だが、なんと、なんと、なんと今日にかぎって6時きっかりにやってきたのだ!!が...その時はまだ私はなんと大学のキャンパスにいた(汗)。で、携帯がなって、「今、お前の家の前まできたから、ドアを開けてくれ」って言われた...。そこで「今、外に出てて、5分後に家に戻るから待っててくれ」と切り返して、速効自転車こいで家に戻った...。

2007年12月25日火曜日

もう写真載せたから、次から別の感じのタイトルでいいや

今日は遅めの起床。大学には行かずに家で仕事をすることにした。

昼食は、昨日作った栗ごはんの残り...そう、これが一人暮らしの宿命である。一度ちゃんとした料理をすると、三日間ぐらい同じ物を食べ続ける羽目になる。

結局今日は一日中、家で仕事をした。ちょっと良いアイディアが浮かんだ気もする...気のせいかもしれないが...。

夕食は外に買いに行った。家から200メートルほどのところにある、いつもの店。ケバブと呼ばれてる食べ物を買ってきた。ちなみに、ケバブとは、ミンチにした牛肉になんかの香辛料やらなにかを混ぜたもので、こんな感じで焼いてくれる。



そして、これをピタに野菜などと一緒に入れて食べる。下の写真がその野菜で、おばちゃんが手に持ってるのがピタ。



これにデフォルトでフライドポテトが付いてきて、約430円。かなり美味しい。私も週3ぐらいのペースでこれを食べてる。

食事の後は、もうちょっと仕事して、その後は明日のヘブライ語クラスの宿題をした。

2007年12月24日月曜日

写真をのせたけど...

いつもと変わらぬ朝。昼からは先週と同様、院生のセミナーに顔を出した。昼食はその後で食べた。

そしてNadiaと研究の話をした...が、これがなんと4時間にも及んだ。あ~でもない、こ~でもないと、話ながら気がついたら4時間が過ぎてしまった。で結果は...うぅぅ...。数学の研究とはこういうことの繰り返しで少しずつ、本当に少しずつ、進んでいくものである。

もう辺りはは暗くなっていた。あああああ!今日も写真撮るの忘れた。これではいけない!いい加減イスラエルからの写真を載せなくては。でももう外は暗いし...よし、こうなったら最後の手段。自分のオフィスを撮ろう。そんな訳で、私のオフィスである。



ごめん...こんな写真しか載せられなくて...って、誰に謝ってるんだ?

ちなみに、この写真の手前にはもう一人机があり、私のオフィスメートが使っている。彼女もまた私同様に、ポスドクをしているのだが、別の大学の人と研究をしているらしく、私の大学にはあまり顔を出さない。そのため、結構オフィスを独り占めさせてもらってる。

写真を撮った後はプールへ行って一泳ぎ。その後は家に帰って夕食の支度。今日の夕食はなんと「栗ごはん」。この前スーパーで見つけた栗を使って、自分で作って食べた。

そう、栗ごはんである...。数学者たるもの、料理も出来なくては話にならない。そこで、私流の栗ごはんの作り方をここで公開する。

*栗ごはんの作り方*
【工程1】栗を買ってくる:
おそらく全工程の中で最も重要と思われるのがこの工程である。この工程をスキップしては、美味しい栗ごはんを作るのは困難である。ちなみに、これ以外の方法としては、「知人に栗を分けてもらう」方法や、「山に入って自分で取ってくる」といったような方法も考えられるが、私の経験から言えば、スーパーなどで購入するのが最も確実で安全な方法と思われる。

【工程2】栗を1日ほど水に漬けて置く:
飛ばしても構わない工程ではあるのだが、これをしないと次の工程がとんでもなく大変なものになってしまう。

【工程3】栗の皮を剥く:
全行程で最も大変なのがこれである。栗ごはん作りにおいて言わば「心臓破りの坂」である。ちなみに【工程2】をスキップすると、(そうじゃなくても大変な)この作業がとんでもないものになってしまう。とにかく、できるだけ軽くて切れる包丁をつかい、栗の皮を一個一個根気よく剥いていく必要がある。初めに栗の下の部分を切り落とし、殻をはぎ取る。そして、栗の周りにこびりついている「渋皮」を剥く。大変な作業ではあるが、ここが正念場である。好きな曲でも聞きながらやると良いだろう。ちなみに、多少の渋皮が残ってしまっても、食べたときには気にならないので、渋皮は完全に剥ききらなくても大丈夫である。

*注意*
国によっては、スーパーなどですでに皮が剥かれた栗がパックに入って売られてたりもする。このようなものを購入すれば、ここまでの全行程をスキップすることができる。しかしこれは、真の栗ごはん職人の間では「禁じ手」とされている技であるため、私は使わないことにしている。

【工程4】米を研ぐ:
普通にご飯を炊くのと同様、米を研ぐ。できれば数時間水につけて置くといっそう美味しくなるのは言うまでもないだろう。

【工程5】米と栗を混ぜる:
皮を剥いた栗と米と水を混ぜる。水の分量は普通にご飯を炊くのと同量にする。別にこれで炊いても構わないのだが、塩と醤油、そしてだしの素を入れるのが私流である。醤油の量は炊いたあと御飯がちょっと薄茶色になるぐらいが良い。あまり入れる過ぎると栗の味が死んでしまうので注意が必要である。塩の量も控え目。そして、ここに(お湯で油貫した)油揚げを刻んで入れると味が格段にアップする...が、残念ながら、イスラエルでは油揚げは入手困難なため、今回は油揚げ抜きで作った。とにかくこれらをお釜にいれよく混ぜる。

【工程6】炊飯器のスイッチを入れる:
最後の締めである。普通にご飯を炊くのと同じセッティングで炊飯器のスイッチを入れる。ここで注意しなければいけないのは、「スイッチを入れるぐらい簡単だ」などと軽い気持ちでスイッチを入れてはいけない。料理というのはその人がどれだけ真剣にその料理に取り組んだかが味に現れるのだ。「スイッチを入れるぐらい」などと馬鹿にしている人間に、美味しい栗ご飯は絶対に作れない。今までの全行程の苦労を思い出しながら、愛情を込めて炊飯器のスイッチを押すこと。そうすれば、炊飯器もそれに応えて、いつもより美味しく炊いてくれること請け合いである。

【工程7】食べる:
炊飯器が炊き上がりの合図を発信たら完成である。お好みで、ゴマ塩などを振り掛けると良いだろう。

以上が私の栗ごはんの作り方である。

2007年12月23日日曜日

ホントに写真を載せるのか?

今日は日曜。イスラエルでは日曜日が最初の平日...って、これもう何回言ったんだ?

そんな訳で、日曜恒例のエルサレム行き...って、一週間前とほとんど同じ一日だった。先週との違いと言えば、Kazhdanになんかかなりくだらない質問をしてしまったことと、今日は駅で写真すらとらなかったことぐらい...って、やっぱり今日も写真とるの忘れた...。

そういえば、天気予報によると、Beer-Shevaは先週がこの冬は寒さのピークだったらしい。今週から気温はただ上昇の一途をたどるとのこと...って、冬の寒さっつっても、日本の初秋ぐらいの感じなんだけど...。

2007年12月22日土曜日

写真をのせるぞ...?

今日は土曜日。土曜日はユダヤ教の安息日...だから?という訳でもないのだが、昼まで寝てしまった。

コーヒー、軽い昼食、シャワー、ネットをぶらぶら。その後は仕事。数学者に安息日は無いのだ!!うんでもって、夕食。そのあともちょっと数学して、明日のヘブライ語クラスの宿題をした。

あ~あ、結局今日は一日中部屋の中だった。当然、ここに載せる写真も撮らなかった。

2007年12月20日木曜日

写真をのせるぞ!(3)

朝8時起床。いつもと変わらぬ朝。コーヒー、軽い朝食、シャワー。そして大学へ。

朝はNadiaと研究の話。昼食の後は、大学を出て駅に向かった。ハイファへ行くためである。ハイファとはイスラエルの北、レバノンに程近いところにある、イスラエルで3番目に大きな町である。私の住むBeer-Shevaとはちょうどイスラエルの南と北で、イスラエルを縦断して行く感じになる。と言っても、イスラエル自体が日本の四国程度の広さしかないので、電車で2時間半程度ではあるのだが。

ハイファに行ったのは、実は仕事ではなく遊び(のようなもの)である。私の友人のZさん(日本人)が現在ハイファにあるTechnionという大学で私と同様にポスドクをやっているので、その友人に会いに行った。彼もまた数学者である。

ちなみにZさんは、私がまだUPENNで大学院生だった時に、UPENNに9か月ほどポスドクとして来ていた人で、それ以来の知り合いである。私が会った最初の数学をやっている日本人である。数学の中でも、私とはかなり異なる分野の研究をしている人ではあるのだが、UPENNの頃などは日本の数学事情などをいろいろ教えてくれた人でもある。

そして、何とも奇妙な縁であろうか。数年の時を経て、再びイスラエルで一緒になることに。

そんな訳で、ハイファ行きの電車に1時半ごろ乗った。景色はもう見飽きてるので電車の中でちょっと仕事をしたら、なんか結構はかどった。で4時ごろハイファに到着。改札でZさんと会う...ちなみにこの駅は数年前のヒズボラとの戦争の際には、ロケット砲攻撃に会い、死者もでたらしい...。

で、Zさんとハイファの町をぶらぶらと歩いた。ケーブルカー式の地下鉄にのったり、コーヒー屋でだべったりといった感じであった。初めてのハイファ観光。でも、もう結構暗かったし、雨もちょっと降ってて寒かった。そして、夕食はちょっと高め(?)に子牛のステーキを食べた。美味しかった。

9時ごろ駅に戻り、9時ちょっと過ぎの電車でハイファを後にした。ちなみにBeer-Shevaに戻るにはこれが終電である。帰りの電車の中でも仕事をした。そして、家に帰ってきたのは12時頃だった。

ああああああーーーー、写真撮るの忘れた。

2007年12月17日月曜日

写真をのせるぞ!(2)

今日は昼から二時間ほど、大学院生のセミナーに顔を出した。大学院生向けの話で、しかも代数幾何の話で、私の分野とは直接関係のない内容だったのだが、結構面白かった。

セミナーの後、Nadiaと遅めの昼食を取ることに。で、今日は「ちょっと変わったものを食べよう」と意気込み、大学から2キロほど離れたところにあるルーマニア料理のレストランに行ってきた。

このレストラン、基本的に肉料理、しかも主に牛肉料理しか出さないのだが、なんと牛の色々な場所の肉が食べられる。ちなみにいろんな場所って言っても、ロースとかヒレとかサーロインとかって意味じゃなくて、牛の色々な部分が食べられるって意味。で、今回は私は初めてだったので、まさに色々な肉を少しずつ出してもらうことにした。具体的には

牛のレバー、牛の心臓、牛の腸、牛の精巣、牛の扁桃腺、そして、牛の脳みそ

である。マジだぜ~。個人的に美味しさを不等式で表すならば、

心臓>扁桃腺>レバー>腸≒精巣>脳みそ

って感じである。ちなみに脳みそがそれほど美味しく感じなかったのは、たぶん料理方法に問題があったからのような気がする。柔らかすぎるため、焼くことができないらしく、なんかゴマみたいなのをコロモにして揚げてあったけど、いまいちあまり味がしなかった。何か別の料理法を考えればもっと美味しくなるとも思うのだが。それ以外の肉は普通のステーキのように焼いて出てきた。

ちなみに値段は肉の重さに応じて決まるようで、今回はいろんな部分を食べた上にスープとサラダも頼んだからちょっと高めで一人約3500円ぐらいになってしまった。まぁ、貴重な経験ではあったのだが。

食事の後は大学に戻ってきて、少し仕事して、その後はプールで一泳ぎして家に帰ってきた。昼食がちょっと遅めで、なおかつ結構ヘビーだったから夕食は軽く家で食べた。

2007年12月16日日曜日

写真をのせるぞ!(1)

今日は日曜日。くどいようだが、イスラエルでは日曜日が週の仕事始め。平日の初日である。

私の方は毎週日曜日恒例のKazhdanセミナーに行くべく、いつものようにエルサレムへ。朝6時半起きである...がなんと、目覚ましが鳴る5分前に自然と目が覚めた...。ううむ、私のからだに異変が起きているのだろうか。なんでこんなに朝早く自然とおきられるようになったんだ??謎である。

ところで、なにか面白い景色でもあれば写真をこのブログに載せたいと思っている。そこで今日は、デジカメを持って出かけることにした。

そして、いつもの様にNadiaと車でエルサレムへ。もう、いい加減見飽きた景色が続く。そう、見飽きた景色だから、写真は取らなかった。で、9時ちょっと前に到着。今日はセミナーが始まる前に、一時間ほどKazhdanと研究の話をした。(Kazhdanの写真を撮ってもしょうがないしな~。)その後3時間ほどセミナーがあって、そそくさとエルサレムを後にした。そして、いい加減見飽きた景色が続く...。

Nadiaは私の住むBeer-Shevaから10キロほど離れたLehavimという町に住んでいるため、いつもその町の駅まで乗せてもらい、そこからは電車でBeer-Shevaまで帰ってくることにしている。で、駅に到着するも電車が来るまで15分ほど待たなければならなかった...。

そこで思った...今がチャンスだ!!!写真をとる絶好の機会ではないか!!駅を写真に撮ろう!!そう意気込み、カバンの中からデジカメを出す。回りを見渡し、駅舎の一部を写真に収めた。しめしめ。これをブログに載せよう...................。

と、思ったら、近くにいた警備員(というか正確に言うと兵士)が近づいてきて、私に話しかけてきた。聞くところによると、駅構内での写真撮影を禁止であるため、撮った写真を削除しろとのことだった。って、マジかよ~って思ったが、大マジである。で、結局その兵士の前で、撮った写真をすべて削除するはめに。うううむむむ。恐るべしイスラエル。

結局写真を取らずに、Beer-Shevaに戻ってきた。その後は大学の自分のオフィスに戻ってきてちょっと仕事をして、早めの夕飯。その後は、これまた日曜夜恒例のヘブライ語の授業に行った。

家に帰ってきたのは9時半ごろ。あ~あ、結局今日は写真は撮れなかった....つづく。

2007年12月12日水曜日

暇つぶしの動画

ネットでこんな動画を見つけた。誰が作ったものかは知らないが、おもしろすぎる。特に私と同年代の日本人の♂には、かなり笑えると思うから、思わずブログにリンクをはってしまった。
http://www.youtube.com/watch?v=w3mpbx0wFks

2007年12月11日火曜日

プール

朝9時起床。
コーヒーに軽い朝食を食べて、朝は家でちょっと仕事をして、お昼頃に大学へ。一時間ほどNadiaと研究の話をした。その後は昼食。

昼食後、大学のプールに初めて行った。ダイエットのためである。それに、いくらか忘れたが年会費を払ったから、行かなくては損でもある。

なんか結構混んでたが、適当なレーンを見つけてとりあえずクロールで一泳ぎ。分かってはたが、やはり25メートルを泳いだら息切れである。トホホ。しばらく休んで体力が回復したらまた25メートル。それを8回繰り返した。合計200メートル。プール4往復。フゥ~。しかもこれだけやるのに約30分もかかった...ちなみに、同じレーンでは私の倍近く年をとっているであろうおばさん(おばーさん?)が休むことなく、黙々と泳いでいた...私の肉体年齢はいったい何歳なんだろうか。当面の目標は休みなく50メートルを泳ぐことである。

ちなみに、参考になるかどうかは知らないが、岩崎恭子は14歳のとき200メートルを2分26秒25で泳いだらいしい。しかも平泳ぎで。単純に計算して、今回の私は14歳の恭子ちゃんの約12倍ちょっとかかったことになる。って、何の参考になるのかはしらんが。次回はどこまで恭子ちゃんに近づけるのだろうか...。

プールのあとは、早めに帰宅。家で仕事をし、夕食を食べた。ちなみに、夕食は手作りの親子丼と、この前日本から持って帰ってきた味噌で作った味噌汁を食べた。日本から帰ってきて初の日本食である。

2007年12月7日金曜日

帰国中の出来事(思い出し日記)

12月1日、天気晴れ...だったかな~。

この日は大学時代の友人S君とT君に会った。二人とも日本が世界に誇る大企業でバリバリ働くエンジニアである。この日はとりあえず昼にラーメンと呼ばれる日本ではかなりポピュラーな食べ物を食べることにした。T君の勧めで、新座駅に11時に待ち合わせることに、って、何で昼にラーメン食うのに11時なのかと疑問に思ったが、とにかく11時である。で、私は11時ちょっと前に駅に着いたが、まだ二人は来てないようである。近くの本屋でちょっと時間を潰して、また駅に戻るとT君が改札じゃない方向から登場。聞くところによると、早くつきすぎたから、パチンコと呼ばれる、これまた日本ではかなりポピュラーな遊技に熱中していたらしい。その後、しばらくしてS君も到着。いざ、ラーメン屋へ出陣する。

駅から少し歩いたところにそれはあった。「ぜんや」と呼ばれているこの辺では結構有名な店である。11時半開店であるが、もうすでにかなりの行列ができていた。「11時に待ち合わせ」の意味が明らかになった瞬間である。そんなこんなで、約1時間ほど並んでやっとラーメンにあり付けた。ちょっと堅めの麺にさっぱりした塩味である。ちなみにこんな感じ。



普通もりだと、ちょっと量が少ない感じもしたが、美味しかった。やはり、日本に帰った時の楽しみの一つはラーメンだなぁ、とつくづく思った。

ラーメンの後は、近くのボーリング場でボーリング。2ゲームほどやったが、やはり歳を感じる...スコアーは...ううむ、思い出せん。そのあと、ボーリング場と同じ建物にあったゲーセンへ。前回同様「アミー魚」に熱中。(ちなみに、アミー魚シリーズはこれ以外にも「toアミー魚」があり、どうやら前回は「toアミー魚」で今回は「アミー魚」だったようである。)3人とも年齢も忘れ「メダルクラゲ」に大はしゃぎであった。

あっという間に時間が過ぎ、7時近くに。ゲーセンを後にし、バスで清瀬駅へ。私は夕食を家族と食べる予定であったので、いったん二人と別れる。で、二人は焼肉と呼ばれる日本ではかなりポピュラーな食べ物を食べることに。で、私の方は家族とともに安楽亭へ、って偶然にも焼肉である。夕食の後は、再び二人と合流。ジョナサンで終電近くまでだべってた...

こうして、師走の第一日目は終わりを告げるのであった

2007年12月4日火曜日

ただいま~

昨日の夕方、日本から帰ってきた。でも、乗る予定だった飛行機が欠航になってしまって他の便に回された。おかげで予定よりも12時間遅れてイスラエルに到着した。ヘトヘト。日本では最初は研究集会に出席して、次の週は実家で一週間ほどの冬休み(のようなもの)を過ごした。

今は、朝の8時半だけど、時差ボケはあまりないようだ。

2007年11月9日金曜日

ヘブライ語講座

イスラエルの公用語はヘブライ語である。しかし、イスラエルというのは基本的に移民の国である上、大学での研究の場においては英語が使われるため、私のようにヘブライ語を全く理解しない人はそこそこいる。そんな人達のために、私の大学では、ヘブライ語の授業を開いてくれるのである。まぁ、アメリカの大学にあるESLみたいなものである。

そして、私もそんなヘブライ語のクラスを最近受け始めた。(ちなみに、大学はいまだにストの真っ最中だが、この授業は正規の授業ではないため、通常通り行われている。)授業は毎週日曜日と水曜日の午後6時から9時まで行われ、レベルごとに6段階のクラスがある。私は当然、一番下のクラスを受けている。なんか、6時から9時までって、日本の塾や予備校を思い出すが、時間的にちょっと中途半端な感じがしてしまう。って、ようするに夕飯をいつ食べればいいのかいまいち、タイミングが難しい...

ちなみに、当然ただではなく、一学期間で約12000円ぐらいの授業料を払う必要がある。そして、宿題とかも出される。

といっても、大学の中はもちろん、町中でも結構英語が通じるので、ヘブライ語が全く分からなくても特に大きな不自由はないので、別にヘブライ語なんか勉強しなくても構わないと言えば、そうなのだが、せっかくイスラエルに来たから、できるだけヘブライ語を学んでみようと思う。そんなわけで、今日もこれから、ヘブライ語クラスの宿題に取り掛かるところである。

2007年11月2日金曜日

昨日もエルサレムへ

またまた、昨日の日記である。

日曜と同様、昨日もエルサレムへ行ってきた。前回あまり時間がなかったので、再びKazhdanと研究の話をするためである。そんな訳で、またまた6時半起き。

バスでNadiaの住む町へ行き、それからはNadiaの車で約1時間半のドライブ。なんかもう見飽きた感じもする砂漠の景色が続く。と、そんな折、突然Nadiaが車を止めて、道端にいた見知らぬ二人を車に乗せた。なんと彼らは、ヒッチハイカーである。ヒッチハイクと言えば、猿岩石を嫌でも思い出してしまうが、イスラエルではヒッチハイクは一般的な「交通手段」らしいのだ。Nadiaも高校時代などはよくヒッチハイクで学校に通ったらしく、いまでもヒッチハイカーを見つければ出来るだけ乗せてあげるようにするらしい。

そんなこんなで、途中一人のヒッチハイカーを降ろし、もう一人目はエルサレムで降ろした。そして、ヘブライ大学到着。

今回はKazhdanに加えてErezも交えて合計4人で、中庭(?)のような場所にある丸いテーブルに座り、2時間ほど数学の話をした。そのあと昼食をとって、今度はNadiaと二人で1時間ほど、午前中に話した内容をもう少し吟味した。そして、帰宅の途に。途中またヒッチハイカーを3人ほど拾った。ちなみにNadiaの車は8人乗りぐらいのバンであるため、たくさん人を乗せられる。で、Beer-Shevaに帰ってきたのは5時ごろだった。もう、外はかなり暗い。大学のカフェテリアで、ちょっと早めの夕食を食べ、家に帰った。なんか結構疲れた。

2007年10月29日月曜日

昨日はエルサレムへ。

昨日の日記である。

昨日はエルサレムにあるヘブライ大学に行ってきた。というのも、今週から毎週日曜日、Kazhdan主催の数論セミナーが行われるのだ。Trace Formulaについて話すらしい。そんな訳で、朝6時半に起きた。眠い。で、7時半のバスでNadiaの住む町へ。その後は、Nadiaの車でエルサレムへ。

エルサレムに来るのは初めてだが、のんびりしている暇はない。セミナーの始まる前に、Nadiaと最近始めた研究についてKazhdan先生のお知恵をお借りするために、Kazhdanと話をする予定だからである。

でも、車がちょっと混んでたため、予定より15分ほど遅れて到着。Kazhdanのオフィスへ行き、Nadiaと3人で30分ほど研究の話をしをする。でも、今回はあまり突っ込んだ話はできなかった。そして、セミナーの時間が来た。Kazhdanセミナーと聞いたから、Kazhdan自らが話すのかと思ったら、話すのは別の人だった。でも、常にKazhdanがコメントを入れる感じである。

しかし、改めて思うことはイスラエルには私と同じ分野の人がワンサカいる。今回のセミナーでも周りを見渡すと、長老から、中堅、若手まで、こんなにいるのかよ~って思ってしまうほどである。

セミナーは途中2回の休憩が入って3時間ほどで終わった。セミナーのあとはNadiaの都合もあり、速でエルサレムを後にした。

2007年10月23日火曜日

ストライキ

今週から、大学の新学期が始まった...はずであるが、いまいちキャンパスがあまり賑わっていない。大学が始まれば、学生らでごった返すと思っていたのだが、休み中よりもちょっと人が増えたぐらいで、いまいち大学が始まったといった感じがしない。

初めは、キャンパスの広さの割に学生の数が少ないだけなのかな~、と思ってあまり気にはしていなかったのだが、新事実が発覚した!!なんと、なんと、なんと、現在、大学の教員達がストライキを行っている真っ最中だったのだ。まじかよぉ~、と思ってしまうが、本当のことである。そのため、正規の授業は行われておらず、キャンパスにもまばらにしか人がいないのである。

今回のストがいつ終わるのかは知らないが、聞いたところによるとイスラエルでは大学に限らず、いたるところでよくストが起こるらしい。しかも、休日の前後を狙ってよくストが起こるらしいのだ。

さらに、去年などは、なんと教員ではなく学生がストを起こしたことがあったとのこと。しかも、そのストは一か月も続いたらしい。学生は何を要求してストをするのかは知らんが、とにかくそういうこともあるらしい。

うううむ。どうやら私は「不思議の国」に来てしまったようだ...

2007年10月21日日曜日

新年度スタート

今日は、日曜日。「平日」の第一日目である。でも、今日はただの日曜日ではなく、大学の新年度の初日なのだ。イスラエルでは、公共のものは基本的にユダヤ教のカレンダーに従うことになっている。大学もその例外ではない。

ところがこのユダヤ教のカレンダーというのが曲者で、普通のカレンダーと大きく異なり、年によっては一年が12か月だったり13か月だったりするのだ。まじで!そして、大学はSukkotと呼ばれるユダヤ教の休日が終わってから2週間後に新学年がスタートする。で、このSukkotという休日はユダヤ教のカレンダーに従うため、普通のカレンダーでは毎年異なる日になるのだ。つまり、毎年毎年、大学が開始する時期が異なることになる。ややこしいことである。

と言っても、私のポジションは基本的に研究だけをしてればよいポジションであるため、授業を受け持ったりといったことがないので、基本的に今までとは特に変わりはないのだが...

ちなみに、休み中は2時ぐらいで閉まってしまった大学のカフェテリアが今日は夜まであいている。

2007年10月20日土曜日

速聴の英語

今日は土曜日。イスラエルでは土曜日が休日で、日曜日が週はじめの平日になる。(前にも書いたが)

そこで今日は先日取り寄せた本の一冊を読んでみた。松本道弘著「速聴の英語~聴けなければ話せない~」というやつである。いわゆる「英語学習もの」であるが、この中で著者が「英語のリスニングとはなんぞや」を説いている模様である。

この手の本は昔々、大昔、高校生時代とか、英語が出来るようになりたくて仕方がなかった頃、貪る様にやたらと読みまくった経験がある。で、それ以降、全くと言っていいほどこの手の本は読まなかったのだが、10年間住んだアメリカを離れたのを期に、自分の英語力を見直して、さらに磨きをかけたいと思い、ちょっと読んでみることにした。

高校時代などは、この手の本を読んでは(理解できないことがあっても、分かったつもりになって)感動し、目から鱗を落としていたのだが、はたして今読んだらどう感じるのだろうか自分でも楽しみであった。

読み始めてまず感じたことは、昔とは比較にならないくらい簡単にあっさりと読めることである、って、まぁ、当たり前ではあるが。あのころとは、英語のレベルも、根本的な知的レベルも明らかに違うわけだし...とにかく1ページあたりの内容の密度が妙に少なく感じる。そんなこんなで、半日で簡単に読み終わった。中には共感するところもあったけど、「それは違うだろ~」って思ったこともあった。

まぁ、でも昔の私のように、こういう本を読んで目から鱗を落としてくれる人も沢山いる訳だから、そういう意味ではこういう本は価値があるのかもしれないんだろう~、と思ったりもした。

そんで、読書の後は、本職の数学の仕事をした。

2007年10月17日水曜日

私の住むBeer-Shevaという町は、娯楽というものが何一つない。映画館すらあるかどうか疑わしいものである。って、だからこそ仕事(数学の研究)に集中できるという説もあるのだが...とにかく、そんな訳だから、いくつか面白そうな日本語の本を購入した。amazon.co.jpから買って、自宅から送ってもらった。それが、今日届いた。

少し、読み始めたらそのうちの一冊がかなり面白くて、はまってしまった...。

2007年10月13日土曜日

おはよ~

木曜日の昼前に、出張から帰ってきた。しっ、しかし、時差ボケと出張の疲れからか、すぐに眠りについてしまった。その後、何度か眼は覚めたが、体が全然動かない。なんか、全身筋肉痛になった感じで、ベットからほとんど起き上がることすらできなかった...マジで!

そんなこんなで、今日(土曜日)の昼ごろまで、途中軽い食事を二回とった以外はずっと、ベットで眠っていた。まるまる48時間!!!起きようとしても、体のエンジンが全くかからなかった(~_~;こんな風になったのは初めてだ。

しかし、今日の昼過ぎからはエンジンもかかり、時差ボケも取れたみたいで、普段の生活に戻ったみたい。いや~、一時は、「私の体はどうなってしまったんだ」って思ったけど...。

とにもかくにも、一応復活した。

2007年10月2日火曜日

明日から出張

明日から約一週間、アメリカに出張である。

そこで、今日は出張の準備や、それまでにやっときたかったこまごました仕事をやっつけた。初めはシカゴに行って、そのあとはフィラデルフィアに行く予定。特にフィラデルフィアは一年ちょっと前ぐらいまで住んでいた場所だから、今からウキウキ気分。

そんな理由で、出張から帰るまでブログはお休み。

2007年10月1日月曜日

Shawarma屋発見

今日もいつもと変わらぬ朝を迎え、いつもと同じく家で仕事...というか、今はイスラエルは「夏休み中」で大学に行っても、自分のオフィスには入れるが、基本的に何もかもが閉まっているから、家で仕事をすることになる。

で、ここのところずっと取り掛かっていた論文が一応終了した。ふぅ~。もちろん、まだ手直しの余地はあるのだが、とりあえず共同研究者のにファイルを送信した。やっと、やれやれである。

お腹も空いてきたので、昨日と同様にdown townにチャリで出かける...がしかしである。途中、家から200メートルほどのところに、ちょっとした商店街のような感じの場所があるのだが、いままで、一度も覗いたことがなかったので、ちょと立ち寄ってみた。そっ、そしたら、なんとそこでShawarma屋を発見!!ちょっと奥の方にあったので、今まで気がつかなかったのだ。そこで、今日はdown townまでは行かず、ここでShawarmaを買って帰ることにした。しかも、値段はdown townよりも安く、さらに聞いてみたら、毎日夜10時までやっているとのこと。大発見である。これでもう、Shawarmaを食べるためにわざわざ遠出せずにすむ。そんな訳で、今日の夕飯はここで買ったShawarmaを家に持って帰ってきて食べた。

2007年9月30日日曜日

家賃の払い方

今日は日曜日。イスラエルは日曜は平日。
でも、ちょっと遅めに起床。ネットをだらだらと徘徊しながら、軽く朝食兼昼食をとる。

プリンターが使いたかったということもあって、そのあとすぐ大学へ。大学は自転車で10分ぐらいのところにある。自分のオフィスで相変わらず、論文の校正である。で、5時頃帰宅。とちょうどその時、携帯が鳴った。大家からである。

実は私のアパートは先月まで、私の友人(私と同様に大学でポスドクをしていた)が住んでた場所で、その友人がアメリカに帰ったので、それと入れ替わるかたちで、私が入居したのだ。そんな事情もあり、大家との正式契約をまだ交わしていなかったため、そのことで今夜会いたい、との用件であった。

昼食が軽めで、すでにお腹が空いていたため、大家が来る前に夕食をとることにした。作るのがちょっとめんどくさかったから、down townまで自転車を飛ばしてShawarma を食べて、ついでにちょっと買い物して帰ってきた。

そして大家登場。イスラエルの賃貸契約はちょっと変わっていて(というか、これはイスラエルではどこでもそうなのか、私のアパートだけなのかは知らないが)、たとえば一年契約の場合、各月の家賃分のチェックを12枚あらかじめ書いて、大家に渡す仕組みになっている。で、大家は毎月決まった日にその月の分のチェックを銀行で換金して、その分が私の銀行口座から引き落とされる仕組みになっている。そんな訳で、12枚のチェックにサインをして大家に渡した。あと、security depositのチェックもサインして渡すのだが、こちらの方は換金する日付を空欄にして渡すのである。そして、何も問題が起こらなければ、部屋を立ち退いた際に、換金されず破って捨てる仕組である。

そんなこんなで、30分ぐらいのやり取りを終えて、大家は去って行った。さらば大家さん。 また会う日まで。

そのあとは、再び論文の校正である。この論文も完成にかなり近づいた。

2007年9月29日土曜日

今日も論文の校正

朝10時半起床。コーヒー、ネット、軽い朝食、そして、シャワーといつもの朝。

今日は土曜日。休日である。イスラエルは休日となると、ほとんどのものがshut downする。スーパーやレストランはもちろん、バスや電車までもが今日は休み。って、ようするに、休日は家でおとなしくしてろ、ってことなんだろう。

そんな訳で、昨日に引き続き、今日も一日中、論文の校正である。おかげで、完成ももう目と鼻の先。夕食後も、また仕事に取り掛かった。あとひと頑張りだ。

2007年9月28日金曜日

今日は論文の校正

朝10時半過ぎに起床...なんか最近ちょっと生活が乱れてきた気もするが、あまり気にしないでおこう...と自分で自分を説き伏せつつ、朝のコーヒーを飲みながら、メールチェックしたり、ネットで新聞読んだりと、いつもの朝のルーティーンを行った。

ところで、今日は金曜日。イスラエルでは土曜日は休日で日曜日が週初めの平日。そう、ここは普通と一日ずれているのだ。そして、金曜日は"Holiday Eve"で基本的に「半日」。スーパーやレストランもお昼頃から遅くても4時ごろにはほとんどしまってしまう。そこで、シャワーを浴びてから、昼食と買い物のために、"down town"へ。Be'er Shevaの中心地は私のアパートから1.5キロぐらいのところにあって、自転車でちょうどいいぐらいの距離にある。「中心地」と言ってもせいぜい日本のかなり郊外(というか田舎)の駅間商店街程度なのではあるが。

まずは、最近発見したショッピングセンターの地下にある、フードコートで昼食(兼朝食)。今まで食べたことのないものに挑戦しようと意気込み、ファラフェル入りのなんとも形容しがたい食べ物を注文。30NISとられたけど、なんか高い気がする。しかし、イスラエルのこの手の食べ物屋で出てくる食べ物は、アメリカに負けず劣らず量がある。ダイエット中ということもあり、3分の1は残した。でも、味はまあまあだった。

そのあとはスーパーで買い物をして、帰宅。そのあとはメールの返事を書いたり、その他こまごましたことをやっつけたあと、ただひたすら論文の校正。しかし、家にプリンターが無いのは、こういうとき結構不便である。やはり、書いた(というか打った)ものは、パソコンの画面ではなく、プリントアウトされたものを読まないと、なかなか、やりずらいし、打ち間違えとかも見けにくい...プリンター買おうかなぁ。でも、ここには一年しかいないから、なんかお金がもったいない気もするからなぁ~、と一人で悩む。

ところで、昼飯の量が多かったため、軽めの夕食で、そのあとも再び論文の校正。で、気がついたら深夜になっていた。でも、今日は仕事は結構はかどった。

2007年9月26日水曜日

昨日はテルアビブへ。

前のブログで「所信表明演説」?をしたついでに、昨日の日記。

昨日はテルアビブ大で数論のセミナーがあったので、それに行ってきた。内容はp-adic Langlandsの話で、私の研究とは直接関連しているというほどでもないが、とりあえず顔見せ(?)のつもりで行くことにした。

朝7時に起床して、とりあえず自転車で大学にある自分のオフィスまでいって、自転車を置いて、駅まで歩く。駅の売店でサンドイッチを買って電車の中で食べた。電車から見える景色はただひたすら続く砂漠である(^^;;

で、約一時間半後にテルアビブ到着。駅を出て、バス乗り場に来たが、大学への行き方がいまいち分らん。そこで、ベンチに3人ぐらい人が座ってたので、その人に向って"Excuse me. Does anyone speak English?"と投げかけてみたら、そのうちの一人が"Yes!"と応じてくれた。大学への行き方を聞くと、ここからバスに乗れとのこと。って、大学はそんなに遠いのか?と思い、歩いて行けなのか聞いたら、歩くと12,3分ぐらいかかると言われた。時間があったので、歩くことに。

テルアビブ大学はちょっとした高台のようなところにあって、駅からちょっと坂を登るのだが、途中テルアビブの市を見渡せるところがあった。かなりの都会である。Be'er-Shevaとは同じイスラエルでもえらい違いである。

そんなこんなで、多少早めに到着したから、Math Department Buildingをふらふらと見学。なんかかなり変わったつくりの建物ではあるが、facultyのphoto boardにはBernsteinとかSoudryとかGinzburgとか、さらにはPSの名前まで。うううむ、畏れ多い気もしてきた。

建物の中の見学が終わったら、ちょっと外に出てみた。そしたら、Erezとばったり遭遇。彼としばらく話したのち、セミナーの始まる時間になったのでセミナーの行われる部屋の中へ。

もうすでに人が集まっていて、その中にはKazhdanの姿も。夏休み中なのに、結構人がいた。Soudryもいるし、その他若手もそこそこいた。そして、セミナーが始まる直前にはキッパー をかぶった老人が一人入ってきたので隣に座っていたErezに"Who is he?"と耳打ちしたら、予想どおり彼がBernstein先生とのこと。

一通りの面子もそろいセミナーが始まった。セミナー自体は可もなく不可もなくといった感じではあった。

セミナーのあと、ErezにGinzburgはどの人なのか聞いてみたら、彼はセミナーには基本的に来ないらしい。って、おい。conferenceには来ないことは聞いていたが、この人、自分の大学でのセミナーにも来ないんかい。Erezによると、自分の研究に直接関係ないことは極力やらない人とのこと。良く言えばpragmaticなんだろうけど、しかし、数学者は本当にそれでいいんだろうか?

セミナーの後は、ErezとBernsteinとの3人で昼飯を食べた。ところで、ErezはBernstein大先生のことを"Joseph"と気軽に呼んでいたのにちょっと驚いてしまったが、そんなことにいちいち反応してしまうのは私の日本人としてのサガなのかなぁ、とも思った。 こういうことは、何年日本から離れても、なかなか払拭できるようなことでもないように思える。

その後は、まっすぐ家に帰る予定だったが、Erezがテルアビブの町を案内してくれるとのことで、少し遊んで行くことに。いくつかテルアビブの有名なスポットに連れてってもらったが、ううむ、上にも書いたが結構な都会で、ちょっと驚いた。

で、6時ごろの電車で帰宅。夕飯はちょっと遅くなったけど、家で食べた。

イスラエル到着!!

2か月半ぶりのブログである。って、何しろ、この間は、アメリカからの引き揚げ、日本で一か月滞在、そして、イスラエルへお引越し、といろいろありすぎた。ヘトヘト。

でも、無事イスラエルへの引っ越しも済み、一通りの生活セットアップも終わり、かなり落ち着いてきた。イスラエルの生活も思ったよりも楽しそう(?)で、何よりもここの人たちがかなり親切だというのが分かった。スーパーのレジはやたらと時間がかかるが....

しかし、私のいる、Be'er-Shevaとう町は砂漠の真ん中にできた小さな町という感じで、かなり孤立している。そんな辺境の地ではあるが、せっかく来たからには、後から「来てよかった」と思えるような一年間にしていきたいと思っている。

2007年7月16日月曜日

Torrey Pines北

朝8時起床。今日は、ゴルフ!Torrey PinesのNorth Courseを攻めるぞ!!!と意気込み、コーヒーと軽い朝食の後、シャワーも浴びずに出発。9時半ごろ、コースに到着....でも、なんとなく雰囲気がいつもと違う気が....とにもかくにも、いつものように、カウンターに行くが、なっ、なんと、Junior Golf World Championshipなるものの真っ最中で、South Courseは終日closedで、North Courseも午後1時半からopenとのこと。ううむ。仕方なく、名前をリストアップしてもらい、コースを後に。

そんなこんなで、その後は大学に行きMoving Saleのチラシをプリントアウトし、帰宅。シャワーを浴び、ちょっとこまごました仕事をして、ミツワにプリントアウトしたチラシを貼りにいき、昼食もついでに済ませる。そして、再びゴルフコースへ。

そして、ちょうど1時半にプレー開始。Torrey Pines北コースでプレーするのは2回目である。が、今日はドライバーの調子がイマイチ...どころの騒ぎではない。かなりやばいぐらいに、打てないではないか!!!そんな訳で、いくつかナイスショットもあったが、全体的にドライバーに苦しめられ、結局112をたたく羽目に。やはり、プロの試合をするコースは、去年までプレーしてたPhiladelphiaのコースとは難易度が違いすぎる。ううう。

ゴルフから帰ったら、もう6時半に。今日2回目のシャワーを浴びてTofu Houseで夕飯を食べた。

2007年7月15日日曜日

超、お久しぶり

二ヶ月半ぶりブログである。
やはり、私はこういうことを長く続けることの出来ない性格なんだろうか?

とにもかくにも、今日は日曜日、と言っても今の私には、平日も休日も関係ない気もするが...なんと、朝8時起床。しかも、目覚まし時計なしで!つい数年前までは、究極の夜型人間だったのに、いつの間にか普通の生活が出来る人間に変身してしまった。そんな訳で、朝早く起きたので、教会に行くことにした。日曜日に教会に行くのは久しぶりである。いつものように、GeorgeのBible Studyがあり、その後はWorship。私はキリスト教徒でもないのに、一体なぜ故に教会に行くのだろうか、と思ったりもするが、キリスト教文化に触れる良いチャンスとも思ったりもしている。

教会の後は、ミツワでカツ丼を食べ、そのまま、ゴルフ練習場へ。明日のTorrey Pinesに備えるべく、打ち込みをする。昔は一番得意だったはずの5番ウッドが今では、一番苦手なクラブになってしまって、どうにもこうにも、上手く打てない。トホホである。これでは、明日が心配である。

で、3時過ぎに帰宅して、メールをチェックすると、なんと車を見に来る予定の人から、キャンセルのメールがきているではないか。がっくりである。いった、私の車は本当に売れるのだろうか。

その後、シャワーを浴び、ちょっと昼寝をして、ダラダラとしたあと、夕食。残り物で適当にすませた。

でも、このあと、ちょっと仕事をしなければ...。

2007年5月5日土曜日

初めての論文受理

朝10時起床。いつものように朝のコーヒー。いくつか論文を読みながら、適当にゴルフ中継を見る。雨で試合開始が遅れたらしく、最終組のタイガーとビージェーはテレビ中継が始まって40分後ぐらいにスタートした。ちょっと遅めの昼食もゴルフを見ながらダラダラと済ませた。

ゴルフの後は再び論文を読みふけってた。で、ちょこっとメールをチェックしたら、以前に投稿した論文がAcceptされたとのメールが届いていた。初めての論文だったから、かなり嬉しかった。他の分野の人には以外に思えるかもしれないけど、純粋数学では、博士論文が最初の論文の場合が通常で、自分も例外ではなく、これがはじめての研究論文の受理である。まぁ、これで、自分もなんとか数学者の仲間入りなのかなぁ~とも思ったりもする。

その後は夕食。蕎麦を茹でた。で、もうすこし仕事をしてから、スーパーに買い物。しかし、何をするにも車に乗らなければならないのは、結構めんどくさい。

スーパーから帰ってからは、Wee Teckとの論文の最終チェックをした。で、あっという間に深夜になった。でも、もう一仕事してからねようっと。

The Case For Christ

約2週間ぶりの日記。今週はEricが泊まりに来たり、その他のことで、色々ごたごたしてた。でも、Wee Teckとの論文の一本目もほぼ完成して、Ericとの研究の話も、かなり具体的に煮詰まってきて、なんとなく気分は乗ってる感じがする。

ところで、今日も金曜恒例のBible Studyに行ったが、帰り際にGeorgeが"The Case For Christ"なる本をただでプレゼントしてくれた。どうやら、Jesusが実在の人物であることを、歴史学的に(?)証明しようとする本らしい。

2007年4月22日日曜日

今日は論文の校正

今日は10時起床。いつものように、コーヒーとシリアルの軽い朝食をとりながら、ネットで新聞読んで、メールチェックして、シャワーを浴びる。そのあと、論文の校正。2時ごろ郵便局に行って、帰りにTofu Houseで遅めの昼食。なんか、週3ぐらいのペースでTofu Houseに来てる気がする。

家に帰って、論文の校正や書き直しで、あっという間に8時に。夕食はソバを茹でた。夕食の後は、ベクトル解析のサンプル試験問題の答案を作る。その後、Taylorの講義の2本目を見たら、もう0時半に。これから、もうちょっと論文読んで、寝ようかな。

2007年4月20日金曜日

今日も9時ごろ起床。いつものようにコーヒーの飲みながら、だらだらとネットを徘徊してから、Richard TaylorのMSRIでの講義のビデオを一時間みた。British Accentはあるものの、それほど気にはならなかった。

その後、シャワーを浴びて、昼過ぎごろミツワにいって、エビ天ざるうどんを食べてから、大学へ。そしたら、車を運転中に雨が。どんどん強くなっていく。大学について、駐車場から走って建物の中へ。それから、すぐに講義。そのあとWee Teckと数学の話をして、再び講義。そのあとこまごました仕事をやっつけたら、もう6時半。金曜日恒例のbible studyへ向かう。

キリスト教徒でもないのに、なんとなく「哲学を専攻していたときの大学での授業を思い出させる」という理由で通い始めたbible studyだけど、いつのまにか常連になってしまった。今日はいつもより出席者が少ないけど、今回でMarkのgospel を一応読み終えたことになる。これで、聖書のとくにイエスのやったことの一通りの流れは分かった気がする。来週からはold testamentの一部よ読むとのこと。でも、相変わらずGeorgeの教え方の上手さには感心させられる。

家に帰ってくる途中にスーパーに寄る。帰ってきてからビールを飲みながら、だらだらとネットで新聞でも読んでたら、もう0時近くになってしまった。

もう、眠くなってきたけど、ちょっとだけ仕事してから寝ようかな。

2007年4月18日水曜日

Evaluation

今日も9時ごろ起床。昨日、親不知を抜いたけど、痛みはほとんどない。腫れもなければ、熱なんかありもしない。いつものようにコーヒーを飲みながら、ネットで新聞よんで、ちょっとだらだらしてから、シャワーを浴びて、大学に行く。

メールボックスをチェックしたら、前の学期のTeaching Evaluationが返却された。かなり良い結果で、嬉しかった、というかホットした。ちょっとこまごました仕事をやっつけて、オフィスアワー→講義→オフィスアワー→講義で、あっという間に5時。ところで、講義の後に、生徒の一人から"Nice hair cut, professor"などと声をかけられた。一体、何人の生徒が髪を切ったことに気づいたんだろうか?

講義の後、試験問題作りや何やらで、8時に大学を出る。いつものように、夕食はTofu Houseで食べる。で、9時ごろ帰ってきて、ネットでちょっと野球みて、そのあとテレビニュースでCho容疑者のビデオ見たりと、なんかだらだらした。

まだちょっと時間があるから、これからちょっと仕事してから寝ようっと。

親不知

今日は朝、歯医者に行った。当初はconsultationだけの予定が、結局その場で親不知(wisdom tooth)を抜くことになった。保険が効いても91ドルも取られた。たかが親不知一本で高すぎるきが。

その後は髪を切りにいって、郵便局に行って、家に帰ってきたらもう3時。で、仕事に取り掛かろうとするも、なんとなく気分が乗らない。親不知を抜いたせいだろうか。で、かなりのスローペースで、ベクトル解析のサンプル試験問題を作り終わったら、夕食時。歯医者からは、今日は噛んで食べる食事は駄目だ、と言われたけど、ほとんど痛みがなかったので、普通の夕食にしてみた。でも、なんとなく口が大きくあけられない。

夕食後、明日の講義の準備。なんか、今学期は準備に時間がかかる。多分、ベクトル解析の教科書があんまりいい教科書じゃないからだと思う。そんなこんなで、結局もう深夜過ぎ。親不知を抜いたときの麻酔はとっくに切れたけど、痛みは全然ない。明日どうなるかは分からないけど。

今日は、研究のほうは全く進められなかった。

2007年4月16日月曜日

Virginia Tech

今日は朝起きて、いつものようにネットで新聞を読んだら、Virginia Tech の銃撃事件が飛び込んできた。どうやら、最悪の銃撃事件になるとのこと。

ところで、今日もいつものように昼ちょっと前に大学に行く。昼食前に、TAとちょっとしたミーティング。そのあとはオフィスアワーと講義が交互に入り混じって、あっという間に6時に。その後は、一時間ほどWee Teckと話す。いつものことだけど、やはりWee Teckに比べて自分はかなり遅れているって感じがする。って、Wee Teckは自分よりも8年も前にPh.Dをとった人だから、当たり前ではあるのだが、やはり共同で研究をしている以上負けたくないと、つい思ってしまう。そんな訳で、家に帰ってきてから、もう一がんばり。

2007年4月15日日曜日

最初の日記

今日は久しぶりに、車を運転しないで一日を終えた。って、ようするに自分の部屋で、ずっと仕事してたってこと。BorelのCorvallisペーパーを 読んで、相変わらず理解できずに終わる。やっぱり、root systemとかのalgebraic groupの基礎的なことが完全に理解できてないから、Springerの本を少しだけ勉強。後は、Wee Teckとの論文の最後の詰めの計算を少しだけ進められた。で、その後は、線形代数のサンプル試験問題を作ったら、もう深夜になってしまった。

ゴルフでは、Jason Goreは少し順位を落とした。明日の最終日に期待。